2017年6月18日日曜日

退職強要・退職勧奨

(1)退職強要・退職勧奨


使用者からの退職勧奨行為に対して,労働者がいったん退職の意思表示をしてしまうと,たとえ退職の意思表示に瑕疵があったとしても,その瑕疵を立証することは難しいとされています。


ただし,使用者からの退職勧奨行為が社会的相当性を欠く場合は,心裡留保・錯誤・詐欺・強迫により,労働者は退職の意思表示について無効・取消を主張することができる場合があります。


使用者からの退職勧奨行為が社会的相当性を欠く場合は,労働者は,慰謝料請求や逸失利益の損害賠償請求を主張することができる場合があります。


下関商業高校事件=最一小昭55・7・10労判345号20頁は,違法な退職勧奨行為があったとして,労働者からの損害賠償請求を認めました。


下関商業高校事件=最一小昭55・7・10労判345号20頁
(公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会のHP
https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/90002.html
「本件退職勧奨は、被勧奨者の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を越え、心理的圧力を加えて退職を強要したものであるまどとして、X1には金4万円、X2には金5万円とそれぞれの遅延利息の支払いを命じた。」


『労働法 第11版 菅野和夫 弘文堂 2016年』
「不況時の人員削減策や,定年前高齢者の削減策として,労働者に対して合意解約ないし一方的解約(辞職)としての退職を勧奨する場合には,その任意の意思を尊重する態様で行うことを要する。その場合,退職金の優遇は任意性の1つの有力な徴憑となろう。ただし,退職勧奨は解雇ではないから,人員整理目的であっても,整理解雇の4要件ないし要素を満たす必要はない。他方,社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為は不法行為を構成し,当該労働者に対する損害賠償責任を生じせしめうる。」


『労働相談実践マニュアルVer.7 日本労働弁護団 2016年』 220頁
「使用者が労働者に対して,合意解約を申し込んだり,申込の誘引をしたりするのが,退職勧奨と呼ばれるものであり,このうち,社会通念上の限度を超えた勧奨は退職強要と呼ばれる。
(略)退職勧奨は単なる申込またはその誘引にすぎないから,被勧奨者がそれに応ずる義務は一切ない。退職の意思がない以上,きっぱり断ればよい。」


『実務労働法講義[改訂増補版][下巻] 岩出誠 平成18年 民事法研究会』 617頁
「退職の場合において,それが,解約告知の退職届であれ,合意解約の退職願であれ,退職の撤回が認められない場合でも,退職時の状況によっては,その意思表示たる解約告知や合意解約に強迫や詐欺等の瑕疵があるとして無効や取消事由にあたるとされる場合がある。特に,リストラや懲戒解雇事由がある場合の退職勧奨などで問題となることが多い。」


『労働契約解消の法律実務 石嵜 信憲編 柊木野一紀 宮本美恵子 2008年』 36頁
「しかし,会社は退職届をとりたいと思うあまり,解雇事由がないにもかかわらず,『退職しなければ解雇しかない。解雇となれば,再就職も不利になるし,退職金の支給にも影響する。一度自分で身の振り方を考えてみてはどうか』などと退職を勧奨し,従業員が『それならば解雇よりも退職のほうがいい』と,渋々退職に合意するような事例がみられます。これでは,後日『あの退職の意思表示には瑕疵(強迫や錯誤)があった」と争われる可能性を残すことになってしまい,合意退職によってトラブルを防ごうとした意味がなくなってしまいます。」


『労働関係訴訟 渡辺弘 2010年 青林書院』 115頁
「退職の意思がもともとなかった労働者が,使用者側の人間によって退職の働きかけを受け,それに応じて退職を決意するのは,その労働者にとっては,不本意な決断であることは間違いないのである。したがって,その労働者にとって不本意な意思決定であったと主張するだけでは,詐欺又は強迫に該当するとはいえないのであり,その働きかけが,違法なものであることまで,労働者が主張,立証しなければならない。」


『労働契約法 第2版 土田道夫 2016年 有斐閣』 636頁
「もっとも,強迫の成立は容易には認められないし,錯誤についても,労働者が退職の意思表示に際して,転籍または退職以外に選択肢がない(会社に残ることができない)という動機を表示していない場合は動機の錯誤にとどまり,錯誤無効は認められないなど,民法上の意思表示の瑕疵の適用範囲は広くない。
(略)以上の不法行為による救済は,退職に至る過程で行われた勧奨・強要行為に関する救済であり,退職を余儀なくされたことについての救済ではない。また,認容される損害は精神的苦痛に対する慰謝料にとどまり,十分な救済とはいい難い。
(略)したがって,使用者が社会的相当性を欠く態様で退職勧奨を行ったり,職場環境への配慮を欠く行為を行った結果,労働者が退職を余儀なくされた場合は,不法行為のみならず,債務不履行(職場環境配慮義務違反)に基づく損害賠償責任を肯定すべきである。また損害についても,使用者の違法な行為がなければ雇用が終了せず,賃金不支給の事態も生じなかったという意味での相当因果関係があることから,経済的逸失利益(逸失賃金相当額)を含めて算定すべきであろう。こうした解釈によって不当な退職強要行為を抑制し,労働契約の適正な運営を促進する必要がある。」


『労働法 第2版 西谷敏 2013年 日本評論社』 400頁
「しかし,このような民法上の意思表示の瑕疵論に依拠する解決はきわめて不十分である。まず,「強迫」は,相手方に害悪が及ぶことを告げて,相手方に畏怖を与え,その畏怖によって意思を決定させることが要件となり,その適用範囲は広くない。現実には,労働者がそこに至らない圧力によって退職にかかる意思表示をすることが多いのである。また,使用者が(懲戒)解雇の可能性を示して退職を促した場合,(懲戒)解雇がなされたとしても客観的に無効であったとの理由で労働者の錯誤を認めるのは,説得力に欠ける。労働者は,実際上は(懲戒)解雇が有効かどうかを考えるというよりも,解雇自体を避けるために退職に合意する場合が多いからである。いずれにしても,意思表示の瑕疵に関する民法規定は,取引の安全への考慮もあって,厳しい要件の下に適用が認められるものである。労働者にとって重大な不利益となる意思表示については,こうした民法の一般理論とは別個に,それが「真意」にもとづくことが客観的事実によって証明されない限りその成立を認めない,といった独自の方法が確立されるべきである。」


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