(1)請求人(司法書士・行政書士)が、
業務上の事由により、精神障害を発症したとして療養補償給付及び休業補償給付をしましたが、
労働基準監督署長は「労働者に当たらないこと」を理由として不支給処分をし、
労働保険審査官も棄却をしました。
しかし、労働保険審査会は「労働者性を肯定して不支給処分を取り消しました。」
(2)本件特有の事情として、
司法書士業務はH(請求人が事業主と主張する者。)及び請求人が従事していたものの、
行政書士業務は請求人「のみ」が従事していたため、労働者性の否定要素として行政書士独自の事業展開の有無が問題となりました。
裁決例は、資料がないとして、独自の事業展開を否定しました。
(3)労災保険法上の労働者性を肯定するには、①指揮監督関係及び②報酬の労務対償性などを満たす必要があります。
労働保険審査会が、①指揮監督関係を肯定するにあたり、多数のSNSのメッセージ記録を証拠としているところは現代的といえます。SNSのメッセージは労働者側が保管できる重要な証拠ですので、削除しないように注意しましょう。
労働保険審査会は、②報酬の労務対償性も肯定しました。
月刊社労士2024年2月号の記載には、具体的な報酬金額が記載されていませんが、引用した厚生労働省HPの記載には、次のとおり具体的が報酬金額が記載されています。
「(ア)請求人が得ていた報酬は、平成27年1月以降合計月24万円(Kから 役員報酬として10万円、事業場からの給与基本給として14万円)であ り、12月には賞与として別途10万円が支払われた。また、平成27年 4月からは、賞与の額は変わらないものの、合計月30万円(Kから役員報酬として10万円、事業場から給与基本給として20万円)が固定給として、さらに、平成28年5月からは、合計月23万円(Kから役員報酬 として10万円、事業場から給与基本給10万800円・資格手当3万円・ 非課税通勤手当4200円)が固定給として支払われていた。」
月24万円→月30万円→月23万円・賞与年10万円という報酬金額の程度、
法人K(代表社員はH)はペーパーカンパニーで請求人に対する役員報酬と称するが役員登記をしておらず社会保険加入のための便宜名目の支払い、
給与所得としての税務処理、
(勤務場所及び勤務時間等の拘束性を前提とする)変動がない固定給としての支払い、
事業場及び法人Kに対して損害賠償を行うという誓約書の悪質性、
以上を総合して、労働法制の適用を免れる脱法行為と判断したのではないでしょうか。
(4)労働基準監督署長は、労働者性以外の支給要件を審査せずに不支給処分としました。
よって、労働保険審査会がこの不支給処分を取り消しても、支給処分がされることになるわけではありません。
労働基準監督署長が他の支給要件を調査・検討して、あらためて(支給または不支給の)処分をすべきことになります。
ところで、「(5)付 言 なお、休業補償給付及び療養補償給付の支給要件は、労働者性があることに限られないから、監督署長としては、その他の支給要件についても十分に 調査・検討の上、新たな処分をすべきことを付言する。」
裁決例には、上記付言の記載があります。これは、次の内容を示唆していると推測します。
本件のH(請求人が事業主と主張する者。)は、事業場の中小事業主として特別加入の承認を受けていましたので、事業主本人のほか、家族従事者など労働者以外で業務に従事している人全員を包括して特別加入の申請を行う必要 があります。
つまり、請求人(司法書士・行政書士)が労働者で「ない」としても、労災の特別加入制度により保険給付がされる可能性があるということです。
(5)なお、行政書士報酬は所得税の源泉徴収は不要ですが、司法書士報酬は報酬1万円を超過する部分に対して源泉徴収をする義務があります。
(6)本件裁決例は、労働保険審査会で判断してもらうことの意義を実感できる内容でした。監督署長の事実認定は、形式的にすぎるように思われました。やはり、(事実認定の能力というよりも)事実認定の権限の違いなのでしょうか?
(7)①登記申請書などの書類に「ボス(代表司法書士)の氏名のみ」を記載するスタイルの事務所の場合、司法書士の労働者性(指揮監督関係)を肯定する要素になると思われます。
②業務で使用する自動車の名義が「ボス(代表司法書士)名義」の場合、司法書士の労働者性(指揮監督関係)を肯定する要素になると思われます。
③ボス(代表司法書士)の補助者(労働者)と比較して業務上の相違点が少ない場合、司法書士の労働者性(指揮監督関係)を肯定する要素になると思われます。
④司法書士会費が報酬に含まれている(会費分が増額)場合、司法書士の労働者性(指揮監督関係及び報酬の労務対償性)を肯定する要素になると思われます。
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次の厚生労働省のHPから引用
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi/dl/R01rou308.pdf
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令和元年労第308号
主 文
労働基準監督署長が、平成30年6月28日付けで再審査請求人に対してした労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しない旨の処分及び同年8月30日付け で請求人に対してした同法による療養補償給付を支給しない旨の処分は、いずれもこ れを取り消す。
事実及び理由
第1 再審査請求の趣旨
主文同旨
第2 事案の概要
1 再審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成26年4月1日よりA所在の B(以下「事業場」という。)において、司法書士業務及び行政書士業務等に従 事していた。
2 請求人は、平成27年12月23日、C医療機関に受診し、「うつ病」と診断 され、平成28年2月23日、D医療機関に受診し、「抑うつ反応」と診断され、 同月25日、E医療機関に受診し、「うつ病」と診断され、同月26日F医療機 関に受診し、「右手の震え」と診断され、同年12月12日、G医療機関に受診 し、「うつ病」と診断された。請求人によると、過重な業務を負担させられ、日 常的な長時間労働を行い、事業場は業務負担軽減等の適切な対処を行わず、繰り 返し叱責し、過大な賠償責任を負わせられるなどしたことが原因で精神障害を発病したという。
3 本件は、請求人が、精神障害の発病は業務上の事由によるものであるとして、 療養補償給付及び平成29年5月10日から同月31日までの間の休業補償給付 を請求したところ、労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)は、請求人 は労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)の適用される労働者と は認められないとして、これらを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。) をしたことから、本件処分を不服として同処分の取消しを求める事案である。
4 請求人は、労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という。)に対し審査 請求をしたところ、審査官が令和元年6月7日付けでこれを棄却する旨の決定をしたことから、更にこの決定を不服として本件再審査請求をした。
第3 当事者の主張の要旨
1 請求人 (略)
2 原処分庁 (略)
第4 争 点 請求人が労災保険法上の労働者であると認められるか。
第5 審査資料 (略)
第6 理 由
1 前提事実 (略)
2 当審査会の事実認定及び判断
(1)労災保険法における労働者 労災保険法には労働者に関する定義規定はないものの、労基法第9条に規定 する労働者と同義であると解されるところ、同法第9条は労働者について「事 業に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定している。 また、労働者性の有無を判断するに当たっては、指揮監督関係及び報酬の労 務対償性の有無等を重要な要素として検討を行うとされている。
(2)請求人が所属していた事業場
ア Hは、平成24年3月中旬頃、Iを開設し、代表者として、その屋号で司 法書士業を営んでいたところ、司法書士の資格を有する請求人は、Hの誘い に応じて、平成26年4月1日、Iに入所して司法書士業に従事していたが、 Hは請求人が行政書士の資格も有することから、同年7月頃、行政書士業の 登録をさせてJの屋号で請求人に行政書士業も行わせるようになり、IとJ を総合し、司法書士業と行政書士業を営む事務所の屋号として「B」(事業 場)という名称を使用し、その代表者となっていた。 Hは、平成26年12月22日には、Kを設立し、同日法人登記をして、 自らが代表社員に就任したが、同社設立の目的は専ら税金対策にあり、実態 のないペーパー会社であった。
イ Hは、請求人が、Kの役員扱いであるとともに、I及びJを総合した事業 場に所属していたと申述する。 また、Hは、Kと事業場の関係は、司法書士 のみが事業場に所属し、補助者や給与関係の仕事をしている労働者がKに所 属していると申述する。 しかしながら、Kの登記簿をみると、社員に関する事項欄には、Hが代表 社員及び業務執行社員であることを示す記載があるのみで、請求人がKの社 員であることを示す記載は見当たらない。また、労働保険料申告書によると、 上記の労働者は、事業場に所属しており、Kには所属しておらず、Hは事業 場の中小事業主として特別加入の承認を受けていることが認められる。
(3)労働者性の有無に関する検討
ア 指揮監督関係
(ア)仕事の依頼に関する諾否の自由の有無 Hは、「請求人には諾否の自由があり、受けないこともできました。」 と申述している。 しかしながら、Hは、請求人が断ったことがある旨は申述しておらず、 請求人は、「自分で仕事を取ってきたことはあったものの、ごく一部であ り、業務の大半はHが取ってきた業務であった。」旨述べるとともに、「H からはこの仕事をやってくれという指示で、仕事の受任を前提として話を してくるので、拒否権はなかった。」旨述べている。 また、Hは、要旨、「依頼した仕事のみやってもらえればという考えだ った。」旨申述しているところ、請求人とHの間のSNSの記録をみる限 り、Hのメッセージは、「午前中に定款SNSしてこい。」、「16時3 0分になったら公証人役場に電話して確認して、報告してこい。」という 表現が多数見受けられるなど、請求人に諾否を問うような形式を採ってい るものは見当たらない。 したがって、請求人に仕事の依頼等に対する諾否の自由があったという ことはできない。
(イ)業務遂行上の指揮監督の有無
Hは、「依頼した仕事のみやってもらえればという考えだったので、い つからいつまでというような指示はしていない。請求人が担当した仕事に クレームがあった平成27年12月頃からは業務の進捗状況を報告するように指示した。」旨述べ、請求人に対して業務遂行上の指揮監督をしたこ とを否定している。 しかしながら、Hの請求人に対するSNSのメッセージの内容は、「男 に二言はないぞ、午前中にSNSしてこい。」(平成28年7月10日)、 「相互設計に電話して、連絡先が分かったら連絡して印鑑証明を1つ取り 寄せて」(平成28年7月12日)、「入れて欲しい文言は、9月末まで の退去で貸し主が借り主に294万円支払うもの、敷金は別に返却するも の、貸し主は退去までに敷金以外の金額を支払うもの、8月9月分の家賃 合計54万年支払額から差し引くものとすること」(平成28年7月15 日)、「位置情報は全体に出せ。レターパックが入っていない。送付によ る還付の記載がないけど、いいのか。○の郵便局調べてラインしてこい。」 (平成28年8月25日)、「写真と報告書を作れ。今日の夜も行ってこ い。明日、依頼人に報告書を提出に来てもらえ。裁判の引継状況を報告し ろ。車の廃車と保険の手続終わったんか。」(平成28年10月11日)、 「段取りして早急に申請しろ。いつ頃申請できるか報告しろ。」(平成2 8年月31日)、「前も言ったけどLより先に帰るな。帰れる状況じゃな かろうが。」(平成28年12月12日)、「Mに代わる案件はいつまで に取ってくるんな。口だけの話じゃ許さんぞ。具体的な日程を決めろ。」 (平成29年2月9日)などというものであり、請求人に対して早朝の午 前8時頃から午後9時過ぎ頃までの間に頻繁に、司法書士業務と行政書士 業務とを問わず、個々の案件につき、細かな事項についてまで期限を付し て具体的な指示を行うとともに、その指示を遂行できないときは厳しい叱 責を繰り返していることが認められる。 上記のようなSNSの状況などに照らせば、Hは、請求人に対し、遅く とも平成27年12月以降、司法書士業務と行政書士業務とを問わず、業 務遂行上の指揮監督を厳しく行っていた事実を推認することができる。
(ウ)拘束性の有無
請求人は、勤務時間について、要旨、「午前9時から午後6時、休憩時 間は1時間」と述べている。これに対し、Hは、勤務時間が「午前9時か ら午後6時、休憩時間は1時間」であるのは専門資格を有しない補助者で あって、請求人は「完全フレックスで労働時間は自由であった。」旨申述 している。 そこで検討するに、請求人は、「Hさんから毎日SNSで退勤時間の報 告をするように指示され、その後、出勤時間もSNSで報告するよう指示 されました。」と述べているところ、Hは、要旨、「平成27年12月頃 からは、午前9時には一旦事務所に来て、業務の進捗状況を報告するよう に指示した。」と申述しており、おおむねその事実を認めている。また、 請求人は業務の進捗状況を報告した際には、Hから業務の指示があった旨 述べている。 そうすると、当該事務所への出頭や勤務時間等の指示は、Hが請求人に 対して業務の遂行を指揮命令する必要によるものであったと認められる。 したがって、請求人の勤務については、勤務場所及び勤務時間等につき 拘束性があったということができる。
イ 報酬の労務対償性
(ア)請求人が得ていた報酬は、平成27年1月以降合計月24万円(Kから 役員報酬として10万円、事業場からの給与基本給として14万円)であ り、12月には賞与として別途10万円が支払われた。また、平成27年 4月からは、賞与の額は変わらないものの、合計月30万円(Kから役員 報酬として10万円、事業場から給与基本給として20万円)が固定給と して、さらに、平成28年5月からは、合計月23万円(Kから役員報酬 として10万円、事業場から給与基本給10万800円・資格手当3万円・ 非課税通勤手当4200円)が固定給として支払われていた。
(イ)しかしながら、上記のとおり、請求人はKの役員として登記されておら ず、平成27年度及び平成28年度の源泉徴収票は、事業場のみならず、 K分も、給与所得として処理されている。 そして、どちらの報酬からも所得税が源泉徴収されている。
(ウ)さらに、請求人は、上記(ア)の報酬の全てが事業場からの報酬として 支払われていたと述べており、Hも「請求人が個人事業主として社会保険 に入れるようなお金がないので、合同会社の役員扱いにした」旨申述して いる。
(エ)そうすると、請求人に対して支払われた前記(ア)の月額の報酬は、い ずれも事業場とKとに形式的に振り分けられていたにすぎないものと認められる。
(オ)また、請求人に対する報酬は「外注費」というのがHの認識であるが、 平成27年4月以降の請求人に対する給与支給明細書はいずれも定額の合 計月30万円となっており(平成28年5月からは23万5000円)、 受注した件数に応じて報酬が変化している事実は認められず、請求人が行った司法書士業務及び行政書士業務のいずれについても独立採算での会計 処理が行われた事実や個人的に仕事を受けて収入を受けた事実も認めるこ とはできない。 かえって、請求人に対して支給された上記(ア)の各報酬は、いずれも 固定的なものである。
(カ)請求人に対して時間外労働に対する支払が行われていないが、これは、 Hがその支払義務の履行を怠っていたものであって、労働者性を弱める要 素にはならない。
(キ)以上の諸点に照らせば、請求人が行った司法書士業務及び行政書士業務 いずれについても、報酬の労務対償性を認めることができる。
(ク)なお、業務遂行上の損害に対する責任を負う場合には、「事業者」とし ての性格を補強する要素となることもあると考えられる。しかしながら、 Hの請求人に対する誓約書に基づく損害賠償の責任の追及は、請求人が顧 客に対して直接的に賠償する内容ではなく、事業場及びKに対して賠償を 行うという内容のものであるから、かえって請求人が独立した事業主とし て業務を行っていたものではなく、事業場に雇われて業務を遂行していた ことを裏付けるものということができる。
(4)請求人の労働者性の有無等についての小括
ア そうすると、請求人については、指揮命令関係及び報酬の労務対償性の いずれも肯定し得ることから、事業場の労働者として、Hの指揮命令下に おいて、業務を遂行していたものということができる。 なお、監督署長は、Hの指示を「通常注文者が行う程度の指示にとどま る」と認定しているが、上記のとおり、Hの請求人に対する指示は細部に わたり具体的なものであることから、その認定を首肯することはできない。
イ また、監督署長は、請求人がJの商号(正しくは屋号)を用いて事業展 開していると認定しているが、請求人が行政書士業を独自に事業展開していたことを裏付けるに足りる資料は一件記録をみるも全く認められないか ら、その認定は相当ではない。
(5)付 言 なお、休業補償給付及び療養補償給付の支給要件は、労働者性があること に限られないから、監督署長としては、その他の支給要件についても十分に 調査・検討の上、新たな処分をすべきことを付言する。
4 結 論 よって、請求人が労働者に当たらないことを理由として不支給とした本件処分 は失当であるから、これを取り消すこととして、主文のとおり裁決する。
令和2年6月8日
石原拓郎 司法書士・行政書士・社会保険労務士事務所)のHP
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電話番号:011-532-5970